西蔵(チベット)への旅

2007年9月 会員F


今回の日程は下記の通りです。9日間の旅でした。
成田 → 北京(2泊) −青蔵鉄道(車内2泊)→ ラサ(2泊) −
バス(5時間)→ ナムツォ(納木錯)(1泊) −バス→ ラサ(1泊) −飛行機→ 北京(1泊) → 成田

中国に行くのは今回が初めてなので、何もかもが珍しかったです。 まず、北京の大都会度にびっくりしました!

北京の王府井

食べ物や、みやげ物の屋台が並んでいます。
写真上部、遠くに見える上の方で女性が歌を歌ってました。

串焼き屋で売っていました。食べるのは遠慮しておきました。
羊肉の串焼きはスパイシーで好吃でした。

北京の日壇公園の朝


演舞(?)の練習風景。
流れるような動きです。

こちらは太極拳です。
わかりづらい写真ですみません。


こちらは社交ダンス。

北京の生鮮市場


散歩中、偶然訪れた生鮮市場です。活気があります。ミカンを買いました。


同じ生鮮市場で売っていた謎の食べ物です。中央の円盤で、薄い膜(たぶん小麦粉)を焼き、野菜を包みます。ぜひ食べて見たかったのですが、一人にはちょっと量が多すぎるので、断念しました。


北京の天安門広場


観光客でいっぱいです。通りがかりのおじさんを狙って激写!

青蔵鉄道


いきなり、列車の中です。私が予約したのは、硬臥(寝台の二等席)です。この上にさらにもう一段ベッドがあります。私のベッドは右の一番下でした。


車内の通路です。右側に小さなテーブルと、折りたたみのイスがあります。


西安駅です。右の列車が、私が乗った列車です。


車窓からその1

奇岩?

ゴルムド駅です。未明なので、暗くて寒かったです。私と同じ席の人もここで降りました。


車窓からその2

万年雪です。


車窓からその3

朝日です。

車窓からその4

何も無いので、とりあえず撮りました。 列車内では、とにかくやることがありません。
基本的に「寝る → 本を読む → 寝る → 食事する → 寝る」の繰り返しです。
本はガイドブックの他は、文庫本を一冊しか持って行かなかったのですが、早くも行きの列車の中で読み切ってしまい、困りました。文庫本2〜3冊は必須です!


食堂車です。混んでいたので、ここでは食事はしませんでした。ご飯時には台車で弁当を売りに来るので、それを食べました。

車窓からその5

馬が放牧されてます。


ラサ駅到着!覚悟していたせいか、それほど寒くは感じませんでしたが、やはり上着は必要です。ちなみに写真の手ブレは、寒さのせいではありません。

ラサ

ラサのシンボル、ポタラ宮に行きました。要塞のようです。

ポタラ宮。観光バスがいっぱいです。

ポタラ宮から見たラサの街です。結構都会です。


ポタラ宮前の歩道です。皆さん熱心に拝んでます。
うつ伏せになっている人は感激のあまり泣いているわけではありません。五体投地といって、自分の身体全体を使う拝み方です。
ところで写真とは関係ありませんが、チベット人は普段はとても心優しい人たちですが、自動車のハンドルを握ると人が変わるようで、運転がかなり荒いため、歩行者はたとえ横断歩道が青信号でも、油断はできません。
気をつけましょう!

ラサで泊まったホテルです。一泊25元。
多くのバックパッカーが集まります。同じ部屋の日本人は、ほとんど関西の人たちでした。なぜでしょう?その人たちに聞いても、答えは「なぜでしょう?」でした。


街角のお肉屋さんです。テーブルの上には大きな肉塊が乗っていて、それをさばきます。看板の「清真」は回教(イスラム教)料理です。つまりこの店では豚肉は扱ってません。
ここでの牛肉は、ヤクという長毛種の牛です。


ラサの中心地に位置するジョカン寺に行きました。中国語では「大昭寺」と書きます。

ジョカン寺の屋上(バルコニー?)から見た風景です。右奥にポタラ宮が見えます。この時間は人がまばらですが、時間によっては、もっと多くなります。


ジョカン寺の青空トイレです。ちゃんと「厠所」の看板がありましたが、屋根も扉もないこのトイレを、果たして観光客が使うのかは不明です。


ジョカン寺の正面です。やはり、皆さん熱心に拝んでます。


ジョカン寺の周囲を囲むバルコルという市場です。巡礼者や観光客向けのみやげ物の店が並んでいます。
日本では貧乏な私も、やはりチベット人から見ると金持ち日本人に見えるようで吹っかけてきましたが、私は容赦なく値切りました。(実はボラれてたかも)


セラ寺です。ラサの中心地からバスで約10分です。最盛期には、数千人ものお坊さんがここに住みながら、修行したそうです。現在は500人ほどのお坊さんが住んでいるそうです。寺院内を見学した後、裏山に登って撮影しました。


ナムツォ


ところ変わって、ナムツォです。ここは、標高5,190mの地点です。遠くに見える湖がナムツォ湖です。強風でした。


ナムツォ湖畔です。手前の旗のようなものは、タルチョと言う、経文が印刷された布です。

ナムツォ湖は中国の塩水湖では、青海湖に次いで二番目に大きな湖です。まるで海のようです。なめてみましたが、ほとんど塩味はありませんでした。「ナムツォ湖では泳いではいけません」という看板がありましたが、はっきり言って、この水温で泳いだら心臓発作になると思います。


ナムツォ湖畔の撮影用(有料)のヤクです。撮影用なので白毛ですが、ヤクの多くは黒毛です。


ナムツォで一泊したテントです。中にベッドが4つあります。一泊25元。
夜は遊牧民が飼っている数十匹の犬が吠えっぱなしでした。外敵が近づかないようにするためにそのように訓練されているのでしょうか? ていうか、うるさくてぜんぜん眠れなかったんですけど・・・朝まで吠え続けた犬様、お疲れ様でした。


ナムツォ湖の裏山に登ってみました。まだ、この頃は平気でした...


タルチョがはためく裏山です。この時は既に高山病で頭痛がひどかったです。ラサ(標高3,200m)では平気でしたが、ナムツォ(標高4,700m)では耐えられませんでした。高山病、寝不足、寒さのトリプルパンチで、早くラサに帰りたくて仕方がありませんでした。


ようやく、ラサに戻ることができました。少々後遺症が残りましたが、高山病もなんとか回復し、あまりのうれしさにポタラ宮をコルラしました。
コルラとは、寺院などの周囲を、お経を唱えながら時計回りに回る礼拝の方法です。写真の筒状の物体はマニ車と言い、中に経文が入っています。これを一回転させるとお経を一回唱えたことになるそうです。
私もガンガン回してきましたが、あまりにも高回転させると、後続のおばちゃんおじちゃん達が触れなくなってしまうので、気をつけましょう!

以上です。今回の旅をまとめると、
(1)北京は大都会だった!
(2)ラサも都会だった!
(3)高山病はつらかった!
(4)時々、中国語が通じてうれしかった!
(5)チベットの、日本人の関西出身率はかなり高い!
といったところです。

終わり